架空鉄道 横浜特急 銀河線

 「アメリカに行くんならいい手段がある。」
 飲み会の席で、出張に行くと話した俺にそいつは言った。そいつとは長い付き合いだが、時々嘘かほんとかわからないようなこと言うくせがあった。この時は俺も嘘だと思ったが、そいつはかばんの中からおもむろにパンフレットを取り出し説明し始めた。嘘も休み休み言えと言うところだったが、そいつの話はどんどん現実味を帯びてくる。
 そいつの話しによれば、その手段というのは横浜特急という名前の鉄道らしく、アメリカぐらいだったら30分でいけてしまうらしい、費用も片道5万から10万。う~ん、と迷っていると。そいつは、
 「騙されたと思って、会社で話してみろよ。」
 翌日パンフレットを持って会社に行く。飛行機じゃなくて横浜特急にしてほしい、費用は片道で5万から10万らしいから節約に為るだろうと話すと、それはしがない中小企業だから値段だけ聞いてOKにしてしまった。
 出張当日、始発駅が在るという関内に向かう。まァ、嘘だとしてもこれから成田に行けばどうにかなるだろ。という謎の自信を持って関内へ向かうと、透明な筒が上に向かって伸びる雑居ビルを発見した。パンフレットにも載っていた始発駅だろう。それにしても線路もプラットホームらしきものもここから見えない。半信半疑ではいってみると綺麗な明朝体で”横浜特急 関内駅”と書いてある。中には待っている人もそこそこ要るようで、弁当を売る売り子の声も響いている。どうやらここのようだ。
 切符は当日券しかないというので窓口の方に行くと、これまた綺麗な文字で行先が書いてある。”ロサンゼルス”、”ボストン”、”アトランタ”、”ミルウォーキー”、”アリゾナ”、”仙台”。このメンツに仙台が納まっているのがどうも納得行かないが、肝心のニューヨークがない。あいつにアメリカのどこに行くか言わなかった俺が悪いのかもしれないが……窓口の切符売に尋ねると、
 「ニューヨークならボストンからレンタカーで行くしかないね。」
と言われた。仕方ないからボストンまでの片道切符とボストンからのレンタカーの予約を済ませて、締めて18万円。ここまで来ると安いんだか高いんだかわからなくなってくる。出発まで少々時間が在るようなのであたりを見まわってみる。
 ビルの構造は普通のRC造のようで、地上5階建。外見からは想像できないが中はパステルな色使いで、明るく開放的だ。1階は窓口、2階・3階は待合室、4階は保安施設、5階が乗り場のようだ。1階の壁には大きく”横浜特急のしくみ”と書いてあって、ポップな字とイラストで子供にもわかりやすいように説明されている。それによれば横浜特急は銀河がレールの働きを果たしていて、そこを走ることによって新たな動力を得ているため、世界中のどこでも2~30分で結べてしまうとか。宇宙に出るまでは外から見えていた透明の筒が、真空のエレバーターとなっていて、それを使って登って行くらしい。小中高と宇宙についてはかなり勉強してきたつもりだったが、こんな技術がすでに実用化されているとは知らなかった。
 「ボストン行をご利用の方で保安検査をまだ受けられていない方は保安検査をお済ませください。」
という自動音声が聞こえてきたので、保安検査が行われる4階に上がる。そこには普通の空港のような設備があり、係員数名が保安検査を行っていた。出国検査をしないのが不安だったが、出入国検査は列車内で行うそうだ。乗り場の在る5階に向かうと、まるでローカル線のような1両編成の列車が待っていた。そののっぺりとした顔は空気抵抗的に大丈夫かなと思ったが、宇宙空間ではそんなことは気にしなくていいことにすぐに気づいた。係員に案内されて、乗り込むとイメージとは裏腹に豪華な車内が広がっていた。ビジネスクラス程度はあろう座席と、ふかふかしたじゅうたんで、あの値段でこれぐらいだったら良すぎるなというのが率直な感想だった。
 乗り込んで落ち着くか落ち着かないかくらいで、列車はすぐに発車した。と言うよりエレベータの中を昇っていくので、そういう印象はあまりない。どうやらこの列車内ではシートベルトをする必要がなく、すぐに楽にできた。列車はすぐに成層圏を脱出し、宇宙空間にたどり着いた。宇宙空間に何らかの施設があるのかと思ったら何もなくそっけない感じだった。件の筒を抜けると目の前には銀河レールが広がっている。客室から多少は前が見え、何人かの物好きは”かぶりつき”をしていた。もっとも、かぶりつきしなくても景色は十分迫力がある。様々な星が流れるように過ぎていって、この世のものとは思えないぐらいである。旅程の半分に差し掛かったというアナウンスがあると、係員が出てきて、出入国検査が行われた。出入国検査を終えると、もうすでにアメリカ側の筒だ。時間をかけて位置合わせをすると、列車は筒の中に吸い込まれていった。この間に荷造りを済ませてしまおうかと思っている間にもうボストンの駅だ。ボストンの駅は関内の駅に比べれば小綺麗でガラス張りの駅舎だった。レンタカーの受付でキーを受け取ると車に乗り込んでニューヨークへ向かった。
 それにしても横浜特急は不思議だった。普通の列車が銀河空間を走って行って、気づいたらもう目的地。安いし便利な割には利用客がそう多くなかったのが不思議だった。なぜ知られていないのか、はたまた幻だったのだろうか。いろんな考えが頭をめぐりながら、晴れのハイウェイを車は進んでいった。

最終更新:2016/06/20
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